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人の心は遺伝子に支配されていない―――。 だから、人は違うことを考え、違うものを見て、違うものを選んできた。 でも、俺たちは仲が良かったから、今まで、あまり違うことを考えたりしなかったし、違うものを選んだりもしなかった。
けど、どれだけ姿形が似ていたって、いくら同じものを選んだからって、俺たちが同じになるなんてことはない。
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「なぁ、慧輔《けいすけ》。耕輔《こうすけ》に話してくれたか?」 体育館でバスケ部のシュート練習中に同級の飯田が話しかけてくる。 俺たちはゴール付近に落ちたボールをコート内の籠に戻す係をしているので、上級生たちのシュートを横目に見ながら話をする。「一応、訊くだけは訊いた」 飯田の問いは俺の双子の兄―――戸籍上そういうことになっているが、俺たち二人がそれを意識することはあまりない―――耕輔を所属するバスケ部に引き入れてくれという話だ。「どうだった?」「ダメだってよ」「そっかー。慧輔が言ってもダメかー。でも、耕輔って中学では慧輔と一緒にバスケ部だったんだろ?」「コウが言うには、団体競技は苦手だって」「はぁ?! 中学でバスケ部だったヤツが団体競技が苦手ってことはないだろ」「……まぁ、コウにも色々あるんだろ……」「そうなんかー。慧輔とのコンビプレイは凄かったって先輩に聞いてたんだけどな」「そりゃ、生まれてからずっと一緒にいるんだからな。何するにも大抵一緒だし息は合うだろ」「耕輔がバスケ部なら、差し入れを持ってきてくれる女の子も倍になるのになー」「はぁ!? そんなのいらねーよ。今だって相当うぜえのに」「そんなこと言うなよ。ギャラリーがいると張り合いあるだろ。男子校で差し入れなんてうれしいじゃん」「うぜー。バスケのこと大して知りもしない連中に見られてもうれしくねーよ」「相変わらず酷い。そっから興味もつヤツも出てくるかもしれないのに」 好きに言ってろ。と悪態をつく。「それよりも、お前はもっと部活に力入れろよ」「真面目にやってるだろ。でもさ、ここ来て部活だけに専念するとかあり得ないだろ」
ここ、私立英《はなぶさ》高校は旧帝大への進学が七十%を占める超進学校で、運動部がインターハイ出場を至上命題に掲げたりはしない。目標にはもちろんしているが。どちらかといえば文化系の将棋部や数学研究部の方が活発だろう。 俺は、家から一番近くて自由な校風ということ、男子校であるという理由でここに進学した。 部活は基本的に週六日あるものの、毎回参加している部員は全体の半分くらいだ。毎日部活に参加しろと強要されるような部はこの学校にはない。それよりも個人の意志が尊重される。
「飯田はもう少しだけ専念しろ。上手いんだから」「えー。俺はさ、もう一つ部活掛け持ちしたいなーって思ってるくらいなんだけど……」「何部だよ?」「将棋部」「なるほどな……。そっちは全国常連だしな。弱い部には興味なしってか」「いや、そんなんじゃないぞ。昨日さ、クラスの将棋部のやつと将棋やってさ、面白かったんだ」
こういうスタンスの部員が比較的多いので、バスケ部はそんなに強くない。創部以来、最高で県大会ベスト八だ。俺の代で、何とかして県大会優勝くらいは目指したいとは思っている。そのためには確かに耕輔が入ってくれればいいのかもしれないが強制はできない。
その後も何か言っているが、無視して練習を続けた。
大谷キャプテンが 片づけは基本的に学年関係なく全員でやる。参加している数が少ないということもあるが、全員で少量の仕事の方が効率がいいという合理的な理由だ。
部活を終え、体育館から部室へ戻る途中が一番面倒な時間だ。 他校の女子が口々に声をかけてくるからだ。どこから入り込むのやら。こういうのが嫌で男子校に進学したというのにあまり代わりばえしないのだから機嫌も悪くなる。 ただ幸いなことに今日は三人くらいしかいない。「慧くん、今日もかっこよかったー」 まぁ、このくらいならいい。「はいはい」と答えとけば済む。「滝宮《たきのみや》君、シュートかっこよかった」 バスケの基本はドリブルだろ。「つーか、あんたらどっから来てんの?」「英弘南女学院だよ」 弘南か。英と同じくらいの進学校じゃないか。勝手に進学校の生徒は他校に来ないという印象があったが、そんなことは全くないということか。
親は共働き、兄は仕事のはずで、マンションへと帰り着く。
「ケイ……。ケイ―――」 俺の名前を口にしながら、普段は人当たりがよく明るいコウが、俺のチンポを舐めてくる。
「必要なことは教科書に書いてあるんだから、それを覚えるだけだろ。何が難しいんだよ」
「おい、慧輔。お前、顔色悪くないか?」 今度は部長の相原さんに声をかけられる。「そうっすか?」 確かに何となく身体はだるい気がする。「ああ、動きがだるそうだ」 そういう風に指摘されると急激に具合が悪くなってくる。不思議なものだ。「なんか指摘されると怠い感じはするんすけど……」「それじゃ、早く帰れ。慧輔が不調じゃ部全体の士気に関わるからな」「そうします」「誰かに送らせようか?」「平気っす。帰って寝ればよくなると思うんで」 徐々に重くなってくる体を引きずり帰路についた。
晴れ間の前に見せる 雲の広がりが好きだった 希望が すり抜けていく音がする 飾らない気持ちが 心の隙間を
誰も傷つけずに愛しあえるなら いつまでも 何もいらない