<章=4> 慶嗣と隆弥が出会ったのは、アメリカ合衆国ニューメキシコ州サンタフェ市内の夕暮れ時だった。 サンミゲル教会前の広場に腰掛け、夕暮れのサンタフェに黄昏ている慶嗣の目に、日本人らしきカメラをもった男―――隆弥がやって来た。慶嗣と目が合うと隆弥は軽く会釈すると、カメラバッグを左肩に掛けたまま、しばらく教会を眺めたあと、カメラバックを地べたに置き、三脚を組み立て、ズームレンズを装着したデジタル一眼レフカメラを構え撮影し始めた。 その様子を慶嗣はじっと見つめる。俺はカメラを構える人に情念を感じる嗜好を持っていた。それが高じてモデルというカメラの前に立つ仕事を学生の頃からはじめ、今では職業としてカメラの前に立っている。今も、仕事を終え休息時間をここで過ごしていた。こうやって仕事のあと落ち着いた場所でひとり撮影の時の興奮を反芻するのが好きなのだ。
カメラを操る筋ばった手、ファインダーを見つめる真剣な目つきに恍惚感を覚えながら、慶嗣は隆弥をじっと見ていた。それに気づいたのか、一通り撮り終わったのだろう隆弥が声をかけてきた。「君、日本人、だよね?」「え? あ、はい」 じっと見ていたことに気を悪くしたのかと思い少し戸惑い気味に答える。「旅行?」「仕事です」「仕事? 日本から?」「はい。撮影でこっちに来ただけですので、あと二日で日本に戻る予定です」「撮影?」「俺、モデルやってるから。え…と」「ああ、名乗るのが遅れたね。私は浅野隆弥。ここへは旅行で来てる。サンタフェの景色を撮ってみたくてね」「おひとりですか?」「そうだよ。久々の長期休暇が取れたからのんびり写真撮影をしたくてね」「俺は西雲恵嗣といいます。さっきも言った通りモデルをやってます」「どおりでスタイルがいい訳だ。そういうのには疎いんだけど、海外まで来て撮影ってことは結構な有名人なのかな」「さぁ、どうでしょう。スチル以外には興味がないので……それ以外の仕事はあまりしてませんし」「へぇ。どんな風なのか興味があるね」「それなら、ポートフォリオをお送りしますよ。送り先を教えてもらえれば」 隆弥は何気なく口にしたのかもしれない。それに対して普段こんなことは言わない慶嗣だが、思わずそう口にしていた。カメラを持つ隆弥に興味をもったからかもしれない。「ホント? うれしいな」 といいながら、隆弥は名刺を取り出し、その裏に住所を書き込んで差し出た。名刺には共立共済会 森山病院 医学博士 浅野隆弥 という文字が書かれている。「…浅野さんはカメラマンじゃないんですね…」「そう医者が仕事。写真は趣味なんだけど、普段は身近なものを撮るのが好きだから海外までやってきて撮るのは久々かな」 隆弥は手に持っていたカメラをカメラバッグに仕舞い、別の単焦点レンズカメラを取り出しながら慶嗣が座る石でできた腰掛けの隣に座った。「お医者さんって忙しいんじゃないんですか?」「そうかもね。旅行も久しぶり。特に俺は外科が専門だし。休みは一応五日取ってるけどいつ呼び戻されることか。まぁ、海外から呼び戻されるなんて滅多なことではないと思うけど」 二人は出会ったもの同士がするように、互いの仕事の話や身の回りの話をして夕暮れ時を過ごした。 黄昏も終わり街灯が灯り始めると、どちらからともなく「明日の約束」を交わし合い、それぞれのホテルへと別れた。
翌日、慶嗣の撮影の合間を縫うようにしてふたりでサンタフェの街を出歩いた。雑貨店やアメリカ最古の家などを見て回り、英語を多少は操れる隆弥は慶嗣の通訳やガイドをしながら、途中途中で街のスナップショットを納めていった。 昨日と同じようにサンミゲル教会までふたりはやってきた。「今回の撮影で、こういうところとかはないの?」 教会を見上げながら隆弥が訊ねる。「ないね。こういうスポットより室内とか街角とかばっかりかも」「サンタフェは街全体が独特だからかな。慶嗣のイメージには合ってるかもしれないな」 交わす言葉も砕け始め、今日一日でにずいぶんと親しくなった。互いにファーストネームで呼び合うようにもなった。ただ年上の隆弥のことを呼びすてるのは抵抗があるということで、慶嗣は「隆弥さん」とさん付けで呼ぶことになった。「それじゃ、教会の前で一枚撮ってもいい?」 隆弥はカメラを構えながら言った。「いいよ。どんなポーズがいい?」「普通にしてて」 そう言いながら隆弥はシャッターを切る。「さすがカメラ馴れしてる。ブラックアウトの前後で表情が変わらない」「そう? 表情を固定するのは馴れてるけど。撮られるのが好きだから……」 実際はシャッターを押す瞬間の手の動きが好きで、それを見逃すまいと集中しているのだがそんなふうに言葉を濁す。「俺は普段風景を撮るのが主だから、どれくらい上手に撮れるかわからないけど」「えー? 上手に撮ってよ」 そんな軽口を交わしながら、「慶嗣はつきあってる人とか居る?」 「明日の天気は」というのと同じくらいのニュアンスで訊いてくる隆弥。「え?」 慶嗣は目線だけカメラへと移す。「ガールフレンド。もしくはボーイフレンド?」「ボーイフレンド? 男とつきあうってこと?」「言葉の綾だよ」「今はいないよ。因みにガールフレンドね」「もてるだろう?」「どうだろう? そんなことないと思うけど。……隆弥さんは?」「俺も今はいない」「どうしてそんなこと訊くの?」 何となくの雰囲気を察しながら、でも尋ねてしまう。「俺はゲイなんだ」 唐突なけれど自然なカミングアウトに言葉を失う。「まだ逢って四十二時間も経ってない、……けど、慶嗣のことが好きになった。できればつき合って欲しい」 カメラのファインダーを覗きながら少し照れているのか、操作する手つきが止まっている。まだ慶嗣は隆弥という人となりをわかっているわけではないが、この物言いはすごく「隆弥さんらしい」と思った。 出逢って間もない相手にこんなにストレートに告白されたのは初めてで、慶嗣もどう答えていいものか少し逡巡したが、「いいよ」 と口は平静に答えていた。「即答だね」 ファインダーを覗く顔を上げ少し驚いた表情をする。「こういうのってインスピレーションだと思ってる。告られて嫌じゃなかったらつき合って、ダメだったら別れるっていうか。それが男でもね」 隆弥は普通の表情に戻り、「なるほど。うれしいよ」 と言った。 その言い方が何とも言えない、慶嗣にとって好きな声というか、響きだった。 思わず、というよりも自分の気持ちを確かめるために慶嗣は隆弥に抱きついた。慶嗣は一八五センチ、隆弥も一八五センチと上背は同じなので、ぴったりと抱きつく。 嫌悪感は感じず、なんだか落ち着く匂いがすると慶嗣は思う。隆弥は突然の行動に少し驚いたようだが、抱きしめ返してくる。「慶嗣……」 隆弥はそう囁くように耳元に声をかけると、抱きしめる腕をゆるめキスをした。 男との初めてのキスは、触れる体がゴツゴツとしている以外は女の子とするのと変わらないんだなと慶嗣は思った。