高い空の青い色は(1)

<章=1>

「はぁ……」 教室の窓辺で外を眺めながらため息が出る。 昼休み。この寒空でも校庭で元気にサッカーをして走り回る一団を眺めながら、ある一人を目で追いかける。 学年でも一、二、いや、学校でも一、二を争う、イケメンと言われる男子を。

 ―――東江宗司《あがりえそうじ》。 顔がよくて、スポーツもできて、勉強も出来る。そんなヤツ、俺みたいなヤツには友だちになりたくてもなれない。でも、宗司は俺の幼馴染で腐れ縁だ。子どものころから知ってるだけに、その外見だけでなく、性格も知ってる。ガキ(って今も世間ではガキの範疇だろうが)のころは、「宗ちゃん」「しいちゃん」と呼び合っていた仲だ。いつのころからか、普通に名前呼びに変わってしまったが。

 幼馴染に恋をする。しかも男―――。 これが恋と気づくまで結構な時間がかかった。認めるのにも勇気がいった。 でも、気づくと止められないのが恋ごころと言うものだとも知った。

 俺、柳原静流《やなぎはらしずる》は大きな決意を胸に秘めている。 高校生活最後のバレンタインデーに宗司に告白をすると。 想っているだけでも罪悪感に苛まれ、告白したところで望みなど皆無だけど、高校最後という言葉が俺の気持ちを後押しをするのだ。

 普通は男がバレンタインに告白するもんではないが、最近はそういうのも増えてるらしいし、俺の場合「相手が男」ってんだから、「女の子が好きな男に告白する」[#「好きな男に」に傍点]の主語の部分を省略すれば趣旨には沿っているはずだ。そう無理やり解釈する。 さいわいにして俺は甘いものは好きなので、チョコレートにもちょっとうるさい。自分でチョコレートも作れるくらいだ。 でも、男の手作りチョコレートなんて引かれるかな。いや、世の中のチョコレートブランドの多くは男のパティシエによるものだ。よって、男がチョコレートを作るのはちっともおかしくないと自分に言い聞かせる。作るのがおかしくないのと、それをプレゼントするのとは全然違うことではあるけど。

 昨日、材料を調え、手早く生チョコを作る。 弟妹《ていまい》たちに「何作ってるの?」と訊かれたが、適当にごまかしつつ、クッキーを焼いてあげて誤魔化した。 宗司はそんなに甘いものが大好物という訳ではないので、ココアパウダーのものと、抹茶パウダーのものをどちらも甘さ控えめ。 それを恥ずかしい思いをしながら女の子ばかりの雑貨屋で買った包装紙に包み、どこからどう見てもバレンタインチョコレートの出来上がり。 メッセージを入れるべきが迷ったけど、結局|包装《ラッピング》だけにした。

 今、鞄には包装《ラッピング》されたチョコレートを忍ばせている。 宗司は朝から女子に義理チョコ、本命チョコ選り取り見取りで受け取っていた。それを横目に、俺は渡す勇気を持ち合わせていなかった。 俺も、義理なのか何なのかわからないチョコをいくつか戴いたりもした。中には高校生がこんな高級ブランドのチョコレートを貰っていいのかな? というものもあった……。今の俺にはこんなものは貰っても困るだけなんだけれど。

 放課後の皆が三々五々帰路に着くざわついた校内で、意を決して声をかける。「宗司。ちょっと時間ある?」 内心どぎまぎしながらだけど、顔には出ていないと信じたい。「何?」 幼馴染って幼少の頃からの知己な訳で、こうやって顔を合わすのは数えきれないくらいあるというのに、いざとなると、どうでもいい話題を出して逃げ出してしまいたくなる。けど、幼馴染なので、普通では使えない技もあるのだ。「今日、宗司ん家《ち》行ってもいい?」「別に断らなくても勝手に来ればいいじゃん。母さんも喜ぶしよ。前までよく来てたのに」 宗司のことを意識し始めてから何となく罪悪感があって、ちょっとだけ以前より距離を置いてるかもしれない。「久しぶりに行くよ」「おお。つーか、何の用があんのか知らないけど」「用っつうか……話が……あるというか……」 若干キョドりながら目をそらしてしまう。「ま、いいや。部も引退してヒマになったし、帰ろうぜ」

 バカみたいにドキドキしながら、宗司の家へ向かう。その間中、その先のことを考えて、どうしようか、鞄の中に入っている(今は貰ったものと混ざっている)チョコレートに思わず話しかけそうになってしまうほどテンパっている。 損《そん》なこととは露とも知らない宗司は、久々に一緒に帰るからか、やたらと話してくる。今日あったこと、最近の出来事などなど。 受け答え一つも意識して大変なんだということを、当然宗司は知らない。知らないから仕方がないのだけれど、ちょっとは俺の気持ちもわかってくれと理不尽な要求もしたくなる。

 見慣れた宗司の家《うち》。一戸建ての二階建てロフト付き木造家屋。一階の吹き抜けが、マンションの俺の家と違って開放感がある。 元々中学までは宗司も同じマンションに住んでいて、しかも隣だったが、徒歩で二十分くらいのここに新築で家を建て引っ越した。引っ越した日から、自分の家のように招かれ、宗司の部屋の片づけを手伝ったのも懐かしい思い出だ。

 宗司の家に着くと、宗司の母親と宗司が可愛がっている愛犬タロに迎え入れられる。タローではなくタロ。「ただいま」「お邪魔しまーす」「おかえり。あら、静流君。いらっしゃい。久しぶりねー。相変わらずうちのと違って可愛いわねー」 何をもって可愛いのかよく分からないが、宗司の母親にはいつも可愛いと言われる。宗司が一八〇越えの長身で、俺は小柄な一六〇台半ばなので可愛いと言われるのだろうか。男としてもう少し身長は欲しかったけど。 ゴールデンレトリバーのタロ(雄)はとても人懐っこいので、久しぶりの俺に対しても大喜びで尻尾を振ってくれる。頭を撫でるとすり寄ってくる。ゴールデンの名の通り、金色の毛なみの手触りが気持ちいい。

 勝手知ったる宗司の部屋に入る。タロも宗司の足下について一緒に入ってくる。 床に散らかされた雑誌と整理整頓された机のコントラスト。ホコリやゴミは相変わらず落ちていない。基本的にはきれい好きの宗司らしい。ふんわりと宗司の匂いがする。「そういえば……大学もう決まってるんだよな」「そうだな。静流との腐れ縁もここまでかー……」 宗司と俺は大学は別々になるのだ。宗司は陸上の強い有名私立大にスポーツ推薦が決まっていて、俺はまだ下に弟妹がいることもあり、学費のあまりかからないデザイン学科のある国公立大を目指している。

 だからもうすぐ宗司の学ラン姿も見納めだ。この凛々しくもストイックなエロチズムを感じる学ラン。俺が着ててもそんな風には感じないけど、宗司が着るとそう感じる学ラン。脳内によく記憶しておかなくては。写メを撮らせてもらうか。……なんて言って撮らせてもうらうか思いつかないけど。

「でも、俺、志望校に行けるかな」「お前、絵、うまいじゃん」「俺くらいのヤツはいくらでもいるよ。それに美大がいくら実技比率が高いって言ったって、ペーパーもある程度出来なきゃダメだし」「俺、美術系はわかんねーんだよな。点数やタイムで割り切れない世界だし」「陸上はタイムがすべてだもんな」「実績評価とかねぇの? 静流、賞とかとってるだろ」「それが通用するのは推薦だけだよ。で、推薦は私学しかやってない」 うちは宗司の家ほど裕福ではないから、やたらと学費のかかる私学美大は出来れば避けたい。どうしてもと言えば、もちろん行かしてくれるだろうけど、そこまで親に負担をかけたくはない。「でも、大丈夫だって。静流なら」 そんな根拠のないセリフだが、宗司から言われると何となく自信になる。

「ちょっと着替えるから」 宗司の部屋なのだから当たり前なのだけれど、学ランを脱ぎ始める。 目を背けるべきか、ガン見するべきか迷ったけど、チラ見で妥協した(ガン見したかったけど)。 タロは着替えの邪魔にならないよう宗司から離れ、俺の方に寄ってきた。構ってほしいのだろうと思い、頭を撫でてやると手を舐められた。吠えないし、賢いし、人懐っこいし、宗司が溺愛するのもわかる。

 背から尻にかけてのラインがキレイだよな……とか俺が思ってるなんてことなど知らない宗司は、堂々と学ラン、シャツ、ズボンと脱いでいく。ボクサーパンツか……似合ってるな。尻のラインがよくわかるし。 ダメだ。どんどん妄想が膨らんでしまう。だから、最近は家に寄らずにいたのに。

「で、どうする?」「は?」 少しだけ妄想に浸っていた俺は、宗司が着替え終わり、声をかけて来たのにぼーっとした返事を返してしまう。着替え終わったのを待つかのように、タロは宗司の足元にまとわりつく。本当に懐いてるな。「何か、話あるんだよな? 俺も話あったんだよな、そういえば。とりあえず、コーヒーでも持って来るわ」 スポーツジャージに着替え終えた宗司のシャツから覗く鎖骨にまたもや脳内妄想に浸りそうになったが、なんとか振り切り、「うん」 と答える。ちょっと挙動不審だろうか。

 部屋を出て行く宗司の背中と当然のようについていくタロを見送り、息をつく。 こんなに好きなのに、鞄の中に入っているチョコレートをどうするか、どのタイミングでどうやって告白すればいいのかわからない。 今まで、告白なんてしたことがないから、こんなに緊張するものだとは思わなかった。相手は昔から知っている宗司だというのに。 まだ、女の子なら簡単だったのかもしれない。でも、男に告白なんてどうすればいいのかわからない。宗司が女の子だったら……。 ちょっとそんな想像をして、宗司が女の子だったらカッコいい雰囲気の娘《こ》になるのかな。それもいいな、と思ってしまう俺は相当終わっているのかもしれない。

「静流。ドア開けて」 ドアの向こうから宗司の声が聞こえる。「おお」 声に従いドアを開けると、コーヒーカップを載せたトレーを持つ宗司とシュガー、ミルク、マドラーが入った籐籠を口にくわえたタロが入ってくる。 部屋の中央付近にある折り畳み式のテーブルにそれを置くと、下座に宗司は座る。必然的に俺は上座に座ることになるのだが、そういうことを気にする間柄でもないので、素直に主人扱いで上座に座りコーヒーカップを受け取る。 タロはそれに続いて、机の上に籐籠を置いてくれる。「タロ、ありがとう」 そう言って、タロの頭を撫でる。尻尾を振って返事をしてくれている。そして、宗司の隣にお座り。定位置みたいだ。 宗司はブラック派なので、そのままでコーヒーに口をつけるが、俺はブラックのコーヒーは苦いとしか思えないので、ミルクとシュガーをたっぷり入れる。 コーヒーの匂いと温かさが少しだけ俺に落ち着きを取り戻してくれるような気がする。 でも、目の前に宗司が居る限りこのドキドキが完全に消え去ることなんてないのだけれど。

「そういえばさ、今日、バレンタインデーだったから、結構チョコ貰ったんだけど、静流も貰った?」 そう言いながら、宗司は鞄から貰ったチョコレートをポンポンと取り出す。チョコという単語にドキッとする。 俺のカンでは、本命七割、義理チョコ三割と見る。包装がやたらとお手製のものが多い。「貰った」 宗司が出してきたチョコレートに「何の蟠《わだかま》りもなく渡せるなんていいよな」と、半分言いがかりのような感情を覚える。「今年も告白とされたんじゃないの?」 さりげなくリサーチ。「まぁな。イベントだから仕方ないけど、知らない奴からいきなり告られても、困るだけなんだけどさ。断るの結構面倒なんだぜ。告る前にまず知り合いか友だちになれっての」「……知ってるヤツなら困らない?」「少なくともそいつのことを知ってるんなら、考えて返事できる、っていうのもあるし、お互い知ってるから変な誤解も生まれないし」 それじゃ、俺からの告白は困らないと思っていいのか? といいように考えたが、これはおそらく女の子の話だ。期待しないようにしないとショックが大きい。「静流も告ったりとかされたんじゃねぇの?」「え? 俺はそんなのないよ」「お前、そういうの鈍そうだからなぁ。多分チョコに手紙とか入ってるぜ」「そうかな」 たとえそうであっても、俺の場合は困るだけで返事もできないわけだけど。本命は目の前にいるから。

「せっかく貰ったもんだし、チョコレート食うか?」「え?」「コーヒーにチョコレートって相性いいだろ。スイカに塩みたいな」 そう言って宗司は封を開けると、タロが食べ物の匂いにつられて物欲しそうにしている。「タロはダメ」 宗司は手をタロの口元で垂直に立てる。一言で諦めたようだ。「本当に賢いな」「賢いだろ? ちゃんと言葉がわかるからな」 いいな、タロ。そんなにベッタリと宗司とじゃれ合って。俺らもじゃれ合えるような仲ではあるけど、もう俺の方に下心があるわけで、前みたいに純粋にはいかない。

「で、食う?」 チョコレートを差し出す。「それ、宗司にって貰ったもんだろ」「まぁ、食いもんだから、いつかは誰かが食べないとだろ? 一つ、二つならいいけど、俺、そこまで甘いもん食べるわけじゃないし。お前は好きだろ? いいチョコレートほど賞味期限が短めなんだよなー」「そんな……」 何故か俺のチョコレートも食べてもらえない気がしてショックを受ける。「ダメだよ。宗司が貰ったものは宗司が食べないと」「前まで喜んで食ってたじゃん」 それは宗司のことを好きだと気づく前の話だ。こういうとき幼馴染みというのはやりにくい。「そうだけど……」「イヤならいいけどさ。タロにチョコレートは食べさせられないしな。タロが食えるもんくれればいいのにな……とは言えないか」 さして気分を害した風でもなく、そう言って宗司は封を開けたチョコレートを一つ口に放りこむ。国内有名ブランドのチョコレートだ。「これはうまいな。やっぱ市販品は安心できる。手作りはうれしいっちゃあうれしいけど、デキは賭みたいなもんだからな」 俺の気もしらないでそんなことまで言う(言ってないのだから当たり前で、これは言いがかりだけど)。

「そう言えば、話って何?」 いきなり核心を突く問いかけが出てきて、思わず身体がビクッとする。「何? 結構深刻な話?」 深刻といえば、これほど深刻な話もないかもしれない。でも、迷惑な話でもあるかもしれない。 俺が黙っていると、「……静流の話なら何でも聞くぜ」 優しい声が耳朶《じだ》に響く。

 ここまで来て引いたら、男が廃《すた》る。後悔もするだろう。「―――これ」 そう言って、鞄からようやっと本題のチョコレートを手にし、宗司の前に差し出す。ちょっと手が震えてるかもしれないけど。「ん? 何? チョコレート……?」「それ……俺からの……。一応手作りで……」 ちくしょう。告白くらい男らしくハッキリと言いたいのに、しどろもどろだ。「静流から? まぁ、それは、サンキュ?」 意味をはかりかねる宗司は語尾が疑問系になっている。当然だ。やっぱりメッセージを付けるべきだったか。こんなにしどろもどろになるとは。「え……と、そ……の」 「宗司のコトが好きだ。それだけ伝えたくて」という言葉が出てこない。言ってしまったら、宗司とのこの関係が終わってしまうのを恐れているからだ。でも、もう遅いんだから言ってしまえと思うけど、言葉は出てこない。

「……もしかして、これってそういう意味でのチョコ?」 何かを察したのか、宗司の方から切り出してくる。「…………うん」 潔く堂々と伝えるつもりだったのに、小さい声でつぶやく。「ごめん……。迷惑なのはわかってるけど、別々の進路になるし……、思い切って言おうと思って。―――宗司のコトが好きなんだ」 言えた!……けど、語尾は殆ど聞こえていないだろう。宗司の顔を見ることが出来ずに俯いてしまう。「ごめん。好きになって」 沈黙―――。実際は一、二秒だったのかもしれないけど、俺には長い静寂に感じた。 タロが宗司の太股にあごを乗せて身じろぎする布擦れの音まで聞こえてくる。

「冗談……じゃ、ないんだよな。お前、そんな冗談言わないもんな」 宗司の声が落ちてくる。「ごめん……。俺、おかしいんだ」 もう逃げ出したい。「静流。顔上げろよ。あと、謝んな」 そう言われて顔を上げる。 宗司はちょっと困ったような表情をしている。困らせたいわけじゃないけど、困らせるようなことを言っているのは俺だ。「ゴメン……。気持ち悪いよな」「だから謝んなって。謝ることじゃないだろ」 そう言って宗司は困ったように微笑《わら》う。

「……俺、静流のこと好きなのかも……、って思ってた時期《とき》あんだぜ」「え?」「いや、今は違うけどな」 慌てて取り繕う宗司。「お前、中学の頃は今よりもっと華奢だったろ。今は幾分男らしくなったけど可愛いしな。思春期によくあるカンチガイ」 そんな風に宗司に思われていたとは、と思うと同時にちょっと焦る宗司をかわいいなどと思ってしまった。「今は違うんだよね……」「まぁ違うけど、告られて気持ち悪いとか思わないから」 宗司は目線を少し逸らし腕を組む。 何て言っていいのかわからない、悲しさと嬉しさのない交ぜになった感情が沸き上がってくる。「だから、泣きそうな表情《かお》すんなって。焦るから」 優しい否定ってあるんだな。これだからモテる奴は……とも思うけど。「ありがと。言ったらちょっとすっきりした。でも、俺、女の子なら宗司とつき合えたんだよね」 ちょっと残念な気持ちがそのまま口をつく。「……その仮定は無意味だと思うぞ。静流は男だから静流なわけだし。男じゃない静流とこんなに長いつきあいになったかどうかわからないしな」

「でも、俺、ずっと宗司のこと、好きだから」「ストーカー? ちょっとそれは怖えな」 宗司は苦笑して言う。「まぁ、静流なら別にストーカーくらいなら我慢するかな」「そんな、甘やかしてどうすんの。……ホントにつきまとうよ」「いいぜ。静流との付き合いは一生モノだと思ってるし」

 絶対に望みなんてない告白だと諦めていた。確かに望みが叶ったわけじゃないけど、こんな風に言ってもらえるなんて考えてなかった。俺が思っていた以上に宗司に好かれてるとわかっただけで、満足っていうか、単純にうれしい。

「それじゃ、静流からの愛の籠もったチョコを見てみようかな」 いつもの俺たちの会話のペースになって安心したのか、宗司は軽口を叩く。「恥ずかしい言い方すんな」「でも、そうだろ」「そうだけど……」「そいえば、俺、男からチョコ貰うのは初めてかも。告られたことはあるんだけどな」「告られたことあんの?! 聞いたことない」「そりゃ言ってないし、誰にも。そういうごく個人的なことを言いふらすのは人としてどうよって思うだろ」 こういう言い方されると、誰なのか訊けなくなるじゃないか。宗司は気配りの男なのだ。ちくしょう、いい男すぎて腹立つ。「俺が初めてじゃないんだ……」「残念だったな。俺、男にモテるみたいだな」 男女共にモテるだろ、宗司は。「生チョコか」「宗司に合わせて、ビターに仕上げた」「甘さ控えめ?」「甘さよりコクがあるようにできてる筈」 甘いものが好きな俺の味覚と宗司の味覚は微妙に違うのでどうだろうか。 宗司は一つ生チョコを手に取ると口に放りこむ。「うまい」「そう?」 よかった。「静流って料理できたっけ?」「うん。レシピ見れば大体どんなのでも作れる。宗司が作れって言うならいくらでも作る」「なんだ。それ」「お弁当でも作ろうか? ……って尽くす男をアピールしてみました」 悲しいけど、冗談みたいな口調で言ってみる。「静流の弁当か。食ってみたいけど、俺にそんなに尽くしてもいいことないぜ」 宗司の笑顔。その笑顔に俺は惚れたのに。宗司は無防備だ。「いいんだ。それは。俺は、宗司を好きでいることを許してさえくれれば」 うーん、と宗司は唸った。

「気になったんだけどさ、静流って男が好きなの?」 コーヒーを口にしながら、何でもないことのように言う。「え?」「俺のこと好きってことはそうなのかなって」「……」「変なこと訊いた?」 変なことじゃないかもしれない。当然の疑問なのかもしれない。よくわからない。

「わからない。自分でも……。宗司のこと、好きだから、そうなのかもしれないと思うけど、別に他の男に興味があるわけじゃないし……。でも……」「でも?」 俺が言いあぐねていると、宗司は言葉を継いでくれる。「前は何ともなかったのに、宗司の……、裸とかすっげー興味あるし、宗司が走ってるところ見てるとドキドキするし……。それ以上のコトも考えてる……」 宗司から目を逸らし、考え考え、口にする。少し興奮気味。落ち着け自分。正直に言い過ぎだろと心の中でブレーキをかける。「そうかー……それじゃ、―――」 宗司が言いかけた途中で、あごを宗司の太股に乗せてくつろいでいたタロが部屋のドアの前にたたっと移動しお座りする。「ん、タロ、どうした?」 宗司が声をかけると同時に、ノックがする。

 ―――何を言いかけたんだろう。