森の守人

1996.6.21(原型)~1997.7.18~1998.04.23~07.21~

..キャスト葵 梓の兄。梓の心の中に生きているので、他の人の目に触れることはない。梓 物静かで頭脳明晰な、小学四年生、10歳。梓の弟。梓の祖母 田舎で一人過ごす元気なお婆ちゃん。無頼の雲 駅員 祖母の家の最寄り駅(といってもバスで1時間だが)の駅員。この駅に住み込んでいる。近所のあばさん 祖母の家の隣(といっても歩いて5分)に住んでいるおばさん。

..■田舎の景色梓(MONO) 「僕は夏休みを田舎で過ごす。一日に二本しかバスのない山奥。何もないところにいきたがる僕を友達は不思議がったりするけれど、誰にも邪魔をされない透き通った暑さと空が好きだ」

梓(MONO) 「僕には、お兄ちゃんがいる。でも、僕にしか見えない。」

..■駅の改札駅員 「坊や、一人かい?」梓 「はい。祖母の家に夏休みの間おじゃまするんです」にこやかに答える駅員 「はぁ、ちっさいのにしっかりしてるね。気を付けてお行きよ」梓 「ありがとうございます」

..■駅前..■タクシー乗り場と、バスターミナル梓 「兄ちゃん?」葵 「(バスの時刻表を見ながら)ちょっとバスの数増えてるよ」微笑梓 「あ、ホントだ。昼間は1時間に2本もでてる。すごい。住んでる人が増えたのかな?」

..■バスの中..■バスから見える景色..■畦道..■祖母の家旧家っぽい木造二階建ての家。庭は広く、季節の樹と花がある。梓 「あばあちゃん」葵 「…いないみたいだよ」梓 「出かけてるのかな」葵 「(優しく微笑みながら)そうかもね。鍵は開いてるよ。中で待っていようか?」近所のあばさん 「あれまぁ、梓ちゃんでないかい?」梓 「こんにちは。お久しぶりです」おばさん 「おばあちゃんは隣町に行ってるよ。多分、夕暮れ時まで帰ってこないと思うけどねぇ」梓 「そうですか、ありがとうございます、わざわざ。鍵は開いているみたいなので、中で待っています」おばさん 「そう…。何かあったら声をかけてちょうだいね」梓 「はい、ありがとうございます」おばさん 「相変わらずしっかりしたお子だねぇ。いい子だね。」

..■墓地..■墓石に「

葵 「

..■同・近くの森葵が先頭で梓の手を牽いている。ここはフェンスに区切られた立入禁止の場所である。梓 「こんなとこ、近くにあったんだ」葵 「そう…、僕が死んだところでもある」梓 「(微笑みながら)そうなんだ。(暫く間を置いて)亡くなるってどんな感じ?」葵 「そうだね、ふわっとしたかと思うと、一瞬何もなくなって…、それから、こうなってた…(微笑む)」梓 「……僕も、早く死にたいな……」葵 「…どうして?」梓 「だって、つまんないもん」葵 「どうして?」梓 「…」

..■同・森のイメージ葵 「もう少し奥へ行くと、(お目当ての)精霊がいるよ」

..■同・森の中心和服を着た、端整な青年(?)が座っている。目は虚ろ。葵 「こんにちは」精霊 「(目線を葵の方に向けて)…久しぶりだね」梓 (精霊を黙ってみている。少し驚いた顔。でも尻尾と蹄がある…)  「(MONO)お兄ちゃんと同じ顔…?」  「(MONO)なんで?」葵 「どうしたんだい? 黙って。(驚いたのかい?)」梓 「同じ顔…」葵 「ふーん…、梓には同じに見えるのか…」(納得したような顔)梓 「え?」葵 「」

「お兄ちゃんが無くなったのって、こんな場所?」「ううん。もっと険しくて、暗い山の中だよ。それより体、大丈夫?」「うん。大丈夫みたい。これだけ歩いてるのに」「…森の力だね、きっと。相性がいいんだ」「相性?」「人にはそれぞれ、自分に合った自然というのがあって、そういう自然の中だと、気が楽になるんだよ。病気も治るし」「へえ…」

[回想もしくはモノローグ]葵と梓。二人は兄弟であった。兄の葵は、梓が三歳のときに、山で神隠しに逢ったように忽然と消えた。その時、葵は十一歳だった。梓は、ものごころがおぼろげながらに身についてきた四才頃から、自分には見えて人には見えないものがあるのに気づいた。それが兄の葵だった。寝るのも遊ぶのも葵と一緒であった。元々体の弱い梓は、『独り言の目立つ子ども、一人遊びの好きな子ども』周りからはそう思われた。

兄弟は、森の中心部にあった、梓の一番気が楽になる樹を見つけて、そのそばに座った。

「森っていうのは、『暗黒の森』って云われて、死人(しにびと)の集まるところと云われてるんだよ。昔から。今ではあまり聞かないけどね」「ふーん」「それと同時に神様が天から降り立つ場所とも云われてて、森を杜と書いたりするのはその名残なんだ。だから樹は、天と地の架け橋として機能しているんだよ」「へー。あの、妖精とかは? 絵本によく出てくる…」「妖精ね…。人間の希望の粒が光の粒に当たって砕けたのが妖精なんだって聞いたことあるよ」「それじゃあ、精霊っていうのは?」「あれは、…そうだね。妖精が大人になったら精霊なのかな?」「えー。でも、精霊はモノに住んでるんでしょ。妖精は空を飛んでるぢゃん」「それは表面的な問題だよ。宿るのと、空を飛ぶのにどれほどの違いがあるのさ。もっと多元的にものを考えなきゃいけないよ。『羽根をなくした妖精』ってね。飛ぶのに疲れたんだよ」「それじゃあ、精霊は妖精なの?」「それは、『大人は子どもなの?』っていってるのと同じだよ。ある一点から見て『そうだ』としか言い様がないよ」「んー…? 難しいような、簡単なような…」「簡単だよ。成住壊空(じょうじゅうえくう)を流転する他の生命と変わらないさ。ただ、住んでるんじゃなくて、融けてるっていう違いだけでね。ただ、それを難しいと感じたり、不思議だと思うのはとても良いことだと思うよ」

四、訪問者

ふと横を見ると、人が座っている。「あ」梓が声をあげる。「人…?」「違うよ…。精霊だよ」葵はきっぱりと云う。「こんにちわ」そして挨拶をかわす。「あ、あの…、こんにちわ」梓は戸惑いながら挨拶する。「こんにちわ」返す精霊。

五、理由

「…そうだね…、確かに妖精はあんまり見なくなったよね…」精霊は呟くように言う。「そうなの?」と、弟。「さっき、君が言ってたぢゃないか。『人間の希望の粒が光の粒に当たって砕けたのが妖精』だって」「…じゃあ、君は妖精の大人?」精霊は微笑して、「さあ、それはよくわからないね―――、僕には記憶というものはないから」「記憶がないっていうことは、なんにも覚えてないの?」「…さぁ、どう云えばいいのかな。君だって、ごく小さい頃のことは覚えてないだろう? 覚えていたとしても、それは後からの推測だったり、伝聞によるものだよ。僕にはそんなものはないからね」「親がいないの?」「所謂血の繋がりは何処にもないから…」遠くの空にはジュラルミンの鳥が大きな音を立てて飛んでいる。もうすぐここも切り拓かれ、整備されて、整然とした『閑静な住宅地』になるのだろう。「―――寂しい?」「…それは、どうして? そう思うの?」「普通、パパやママがいないと寂しいよ」「僕の親は謂うなれば人間だよ。だから寂しくはないさ」

六、微睡みの中で

「『人間の希望の粒が光の粒に当たって砕けたのが妖精』か…。希望って何なんだろうね」「それは『夢』だ…と云ってる詩があったけどね」「―――どんな詩?」「喜びを 悲しみを 語ろう 清流のほとりで 森の陰りで 夢を希望と なぞりながら」「よくそんな言葉覚えられるね―――……なんかむつかしいし…。」語尾が不鮮明になっていく。弟は微睡みながら答える。「おやすみ」

八、コンクリートの下に

「この辺りももうすぐ伐採されて、街に変わっていくから…」「それでは、どこかに移動せねばならんな」「だから今度は誰にも邪魔されない奥地に隠棲しようかな―――どう思う? 希望通りにはいかないだろうけど」「大変だな。便利が悪い。―――もっともお前にはそんなこと関係ないだろうけど」「―――…関係なくはないけど―――」風の戦ぐ音。兄弟は傍らに静かに座っている。何の話か見当もつかない。「何処かに行っちゃうの?」合間を見計らって弟が精霊に訊ねる。「うん。多分ね。この森がなくなると同時にまた別のところに―――」「何処? この近く?」「それはわからない。―――もしかしたら、遠くかもしれないし、もしかしたら、この近くかもしれない」「誰が決めるの? 自分で決めれないの?」精霊は一瞬戸惑いの表情を浮かべ、微苦笑する。「自分で決めて、自分で動けるのはこの世でただ人間だけだよ」精霊はいとおしげに弟を見つめながら答える。「え?」「…でも、あと一万年ぐらい生き長らえれば、世界中の樹ととけあって、何処へでも好きなところに行けるんだろうけど」

九、ニュータウン(リブレス)

しばらくして、「これ」そういって精霊は、自分の枝を差し出す。「僕自身ではないけれど、僕の部分。あげる」「?」きょとんとする弟。「これを土に植えて根が生えたら、精霊が宿るよ―――」「え! ホント!?」「…多分」「多分?」「…ちゃんと新芽が出て、育ったらっていうこと」「大丈夫。ちゃんと世話する」「そう、それならいいけど」(精霊は安堵と不安の表情。)

―――五年後。あそこはニュータウンとして生まれ変わった。樹はなんとか根づき、すくすくと育っている。「こんな風に、精霊を全部ここに連れてこれたらいいのにね?」「全部? 論理的に不可能だよ。それよりは、その精霊がそこでずっと暮らせることを願った方がいいよ」

「人は誰でもこころの中に森を守ってるさ」僕はこの樹が大樹になるのを心待ちにしている。