.作品紹介さわやかな秋晴れの日。俺はとても憂鬱だ。でも、こんなことになるなんて。
短編家企画2011年10月……テーマは「運動会」
使用している素材は下記より。クリエイティブ・コモンズライセンス。http://www.flickr.com/photos/olivier_t/2139728020/
企画の趣旨や詳しいことは以下を参照http://novelist.jp/commu.php?id=83
※この物語はフィクションであり、登場する団体・人物などの名称および設定などはすべて架空のものです。
.タグ短編家 運動会 体育祭 高校生
.ノート・女装させられる体育会。・ものすごく似合っており、ボーイッシュな美少女と見紛う。・以前から気にかけていた、女の子からそれがきっかけでつきあうことになる。・こんなことってあるんだな。←これで終わりたい。希望。・彼女から一方的な隠れん坊を要求され、辟易となりながらもつきあう。
.キャラクタ大谷和也(おおたにかずや)女装が似合うくらいには可愛い容姿。カズちゃんとかニカちゃんとか呼ばれている。
藤澤明里(ふじさわあかり)和也が密かに思いを寄せている女の子。クラスのムードメーカーの一人。
..本文
さわやかな秋晴れの日。俺はとても憂鬱だ。この憂鬱という文字を百回書き取れと、もし言われたらと考えたときと同じくらい気分が重い。 体育祭の日だ。
何度、台風が来てくれと願ったことか。何度、グラウンドにだけ隕石が落下しないかと願ったことか。 しかし、その願いは届くことはなく、雲一つない快晴で、体育祭の開催に何の支障もなさそうだ。
いっその事、滝にでも打たれて風邪を引いて休んでしまおうかと思ったが、風邪は風邪で苦しい。体育祭への不参加と引き換えにするべきほどのことかと思いとどまった。第一、近くに滝などはない。
最終手段としては仮病を使っての自主休学、所謂サボりだが、普段優等生で通っている俺が休んでしまうと、後日、根掘り葉掘り色々と尋ねられ、ありもしない嘘を付かなければならない。これも本意ではない。 この、根掘り葉掘り訊かれるのが教師であればのらりくらりと捌く自信があるが、何故か拡声器並みの伝播力を持つ女子生徒や発言力の強い男子生徒だったりするするのもだから質が悪い。曖昧に答えるとありもしない噂を立てられる。
だいたい、オリンピックでもないのに、体育という名の許にこんな行事が行われることが恐ろしい。年若い人間を一様にしてしまうこのような教育のありかたはどうなのかと憤懣やる方ない思いだ。競争と多様性は別物なのに。 一日であれだけの競技数を行うには過密なスケジュール管理を行わなければならず、安全性と効率を両立しようとする日本の悪癖がここにも出ているような気がする。このような行事を通じて、あのような人権を無視した公共交通機関の劣悪な環境が成り立っているのだとしたら、日本人は病気だと思う。
「和也~。もう起きる時間よ」 などと栓もないことを考えていたら、部屋先から母の声が聞こえてきた。だが、梃子でも動きたくない心情が働く。だからと言って、このままここで憂鬱を続けているわけにもいかない。 仕方がないと、いつもより身動き遅く、ブレザーへと着替え、家族が揃うダイニングキッチンへと足を運んだ。 気分は晴れないのに腹は減る。トーストと目玉焼き、サラダで朝食を摂り、諦め加減で家を出た。
「ニカちゃん。おはよう」「おはよう、和」 教室に入ると、声をかけられる。ちなみに「ニカ」とは、大谷和也《おおたにかずや》の「に」と「か」をつなげただけ。あだ名とはそんなものだ。殆どの女子にはちゃん付けで呼ばれるという、この年になってそれってどうよという状態だが。「おはよう」 ため息をつきながらこっちもあいさつを返す。「なんだ、朝からため息かよ」「今日は悪夢の日だからな……」「なんだよ。大げさだな」「大げさじゃねえよ。なんで俺が……」「まぁだ言ってんのかよ。決まったことをぐじぐじ言わない。いいじゃん貴重な体験だって」
ぐじぐじと言いたくて言っているわけじゃない。これには経緯があるのだ。
ことは一カ月前に遡る。 ホームルームで体育祭の種目についての話し合いがもたれていた。「次は女装百メートルの出場者についてです」 級長が淡々と議題を進めていく中、俺は戦々恐々としていた。 「女装百メートル」とは助走の言い間違いでも、除草でもなく、書いて字のごとく男子が女の格好をして百メートルを走るという、まことに見目麗しくない競技である。こんなものが恒例になっている当たりにこの学校の行事に対する悪ノリ具合がわかるというものだ。毎年異様に盛り上がる。そして去年はこれを何とか回避した。 反対に男装百メートルもあるのだが、こちらは見目麗しくて、特に女子に人気がある。
「希望者もしくは推薦者があればお願いします」 言うが早いか女子が手を挙げる。「はい! ニカちゃんがいいと思います」「いいじゃん。賛成」「ニカちゃんだと盛り上がっていいね」 それに、何人かの女子と男子が賛同する。 そして俺の方に視線が集まる。「大谷君に推薦がありましたが……」 級長が取り仕切る。中立に見える級長の宮内も恐らく賛成派だ。顔が笑っている。 この場をどう切る抜けるか。こういう悪ノリに迎合する輩の攻撃をかわすのは非常に困難であるということは理解している。何せ理屈が通用しない。無理ゲーと同じだ。「いや……俺は……」「やってよ。ノリでこういうのが好きな人ばっかりじゃ面白くないし、せっかくかわいい顔してるんだから生かさなきゃ」 そう声をかけて来たのは左隣の席に座る、藤澤明里《あかり》。卑怯である。俺は藤澤に恋心を抱いているのだ。「でも……女のカッコが似合ったって……」 かわいいよりもカッコいいと言われたいが、それが難しいのは自分でも理解しているので控えめに言った。「そんなことないよ。特技はどんなものでも特技よ」 何だか答えになってないような気がしたが、そんなこと藤澤に言えるはずもない。そもそもそれは特技なのか。「そうだそうだ」「ニカやれー」 などと適当な言葉が飛び交い、それで手締め的な空気が流れる。 ここで意地を張って主張を通しても、あとのことを考えると得策とも思えなかった俺は折れてしまった。ここで自分の主張を通せる奴はすごいと思う。「わかったよ、やればいいんだろ、やれば」 投げやりに言い放つ。女子は何やら盛り上がっている。
そのあとも大変だった。「ニカちゃんは何が似合うかな? やっぱりセーラー服かなぁ、それともゴスとか?」「セーラー服いいね。私の友だちに館女《かんじょ》に通ってる子がいるから、交渉してみようか? あそこの制服かわいいもん。お下がりを拝借してサイズ調整すれば……」 館女とはわりと近くにある、修學館女子学院という伝統と格式あふれる女子校のことだ。「ニカちゃん、何か希望ある?」「ある訳ないだろ」 俺が不満を隠しもせず答えてもまったく気にしない。「それじゃ、私たちに任せてね。優勝目指すから」 俺の意志などとはまったく関係なく、女子主導で話が進められていく。その女子の中に、先ほどの藤澤が入っていて、いつもにもまして話す機会が多くなりそうなのは不幸中の幸いである、とは思うが、納得はもちろんしていない。 ちなみに、女装百メートル走はタイムももちろん順位に影響するのだが、体育祭実行委員と教員代表による女装自体の出来への審査で加点され、最終的な順位が決定する。足が速いだけの奴が出てもそれだけでは一位になれるとは限らないわけだ。実にイロモノ競技らしい判断といえる。 俺は人並みにベストタイムは十三秒台。運動部の速い奴が出てくればタイムでは負けるだろう。
「走りやすいアレンジ必要かな?」「セーラーならそんなに走りにくいってこともないし、いいんじゃない?」
女子たちが熱心に協議を重ねている間、藤澤をずっと見ていた。 ハキハキとものを話して、でもかわいくていいな。笑うと見える八重歯もポイントだな。
訳がわからない協議の末、俺には化粧まで施されるらしい。化粧なんてしたらどんな顔になるのやら、怖くて想像できない。「俺、化粧まですんの?」「するの。私が責任を持ってメイクするから」 そんないい笑顔で話さないでほしい。話している内容は最悪なのにドキドキしてしまう。「そんなにごてごてとはしないから安心して」
というようなことがあって、現在に至る。どう考えたって恥ずかしい姿を全校生徒に晒さなければいけない。こういうことをノリでやってのけられるキャラの奴はいいかもしれないが、俺の場合そうはならないだろう。
確かに、準備期間中に化粧の試しと言って、藤澤に至近距離で見つめられながら顔を触られたり、服のサイズを合わせるために採寸をされたりと、正直ドキドキしたし、いい匂いだなぁ……とか思ったりもした。仲よくなれるチャンスだと思ったし、実際以前より話すことが多くなったが、それを差し引いて果たして、天秤はどちらに傾いているのかはわからない。
きっかけはアレだけど、いい感じじゃね? タイミングを見計らって告ってみる? とか心の中では考えているが、今日はそれどころじゃない。一刻も早く終わってほしい。できるならば今からでも中止で、と願っている。 蛇足だが、化粧をした俺の顔は意外と見れた。決して好きなタイプではないが。自分でもなんだかな……とは思うが、だからこそ、余計に遠慮したい。
開会宣言、校長のあいさつと、ダルさ爆発の体育祭のプログラムが始まる。俺はこの後のことを考えると、ダルさを感じるどころではない。 件《くだん》の女装百メートルは午後一番の種目だ。その次が、男装百メートル、綱引き、騎馬戦と続いて、最後が花形の四百メートルリレー走。リレー走は本気の競技なので、各クラスともに走りの速いメンバーを揃えてくる。ここをアンカーで活躍すれば人気も出るだろう。俺ももう少し走りが速ければ、女装を振り切ってこの競技への参加を希望していた。そして、藤澤にいいところを見せたい。これは男としては当たり前の感情だと思う。 でも、そんなに人生うまくいかないよね、ということだ。
「えー!? そこまですんのかよ!」 俺の声が教室内に響く。 午前中の競技がつつがなく進み、昼休みになる前に、女装百メートルと男装百メートルに参加する男子女子は準備に余念がない。 そう……、余念がない。「だって、やっぱり、スネ毛が生えてちゃ、完璧な女装とは言えないって」「特にニカちゃんの場合、中途半端だとかえっておかしい」 脱毛テープを片手に女子が言う。「あと、ワキも。隠れるとは思うけど、見えないところの身だしなみも大切だから」「ニカちゃん、顔はファンデで大丈夫だけど、それ以外はねぇ」 口々に話してくる女子の言葉が恐ろしい。なぜ体育祭でこんな目に遭わなければいけないのか。俺は何か悪いことをしたとでも言うのか。「私がやろうか?」 藤澤が言う。好意を寄せている女子に脱毛をしてもらうってどんなプレイよ、と心の中で叫ぶ。「いや、それは遠慮する! それくらいなら自分でする」「はい。それじゃ、よろしく。貼って三秒くらい擦りつけて剥がすだけだから」 脱毛テープを渡される。こんなものを手にする日がくるとは予想だにしていなかった。 女子の前で脱毛。本当にこれなんの刑。恥ずかしすぎるだろ。それならまだ、前日に家でコソコソ思い切ってやってしまった方がすっきりする。 心の中で泣きながら、脱毛テープを使った。本当に心が折れる。剥がす瞬間の痛みもさることながら、何がショックかって、脱毛してキレイになった脚を見てちょっとうれしくなった自分にだ。悲喜こもごもとはこれかと思う。 女子に合格をもらったあとは、流れるように藤澤たちが作業を進めてくれる。 ファンデーション、チーク、アイメイク、口紅。眉毛の形まで整えられた。こんなことを女子は常にやってんのかと思うと怖い。だめ押しでテールのエクステまで付けられた。「完璧」「ニカちゃん……恐ろしいわ。想像以上ね」 出来上がりを前に、女子の感想が飛び交う。もう許してくれ。「胸にパットでも入れればもっと完璧になるけど……」 それだけは断固としてお断りした。走るのに邪魔だという主張は一応認められた。藤澤が特に残念そうにしていたが、そこまで俺の女装が見たいのか? と
「さ、あとはお昼にして、直前にもう一回整えるから」 藤澤がまとめる。
「お前、それ、ヤバいだろ」「うるせ」 俺といつもツルんでる友人、瀬長の言に間髪入れず返す。「まるっきり女子じゃねぇか。館女にもぐり込んでも気づかれないぞ」「だからうるせぇっつーの」「ダメだな。そのカッコなら、言葉遣いも丁寧にな。はしたないぞ」 黙々と弁当を口にする俺にそんなセリフを吐いてくるのだ。「オマエ、もう黙れ」「本当だよ。ニカちゃん。言葉づかいは丁寧に」 昼も藤澤とその友だちの斉藤と一緒だ。仲よくなったのは嬉しいが。「この格好で言葉変えたら、まるっきりオカマじゃないか、嫌だよ」「見えないから大丈夫だ。俺、お前に惚れていい?」「それ以上言うな。ツレやめんぞ」「でも、本当にかわいいよね。一位確実かな」「別に一位になってもうれしくねーよ」 まったくやる気が沸かない。本気で走るのもこの格好では……。足がスースーするし。「あ、一位になったらさ、なんかおごってあげる」「なに? 藤澤が?」「うん。私が。元はといえば、私の責任もあるし」 藤崎も弁当を食べながら話す。かわいいな。好きな子の言動はなんでもかわいいのだが。女子の弁当って異様に小さい気がするんだけどあんなので腹一杯になるんだろうか。「俺は?」 瀬長が関係ないのに言葉を挟んでくる。こいつには俺が藤澤のこと気になるって言ってるはずなんだから、絡むなら手助けしろよな。「オマエは何もしてないだろ」「お前を育てたのは俺だ。小さいころから面倒を見、ここまで育てた俺に感謝の気持ちはないのか?」「オマエとは高校からの付き合いだろ。わけわかんないこと言うなよ」「瀬長君も一緒でいいよ」 藤澤が笑いながら
「ウソウソ。和は女子に慣れてないから、ふたりっきりでつきあってあげて。少しはおしとやかになろうというもんよ。その格好で行ったら?」 なるほど。そこに落とし込むわけか。サンキュー瀬長。
「あのさ、藤澤ってどんな人がタイプ?」 多少直球な質問かもしれなかったが、さっきの藤崎の言葉に意を強くしている俺は核心に迫る質問をした。「うーん。まじめな人」 なんという模範的な回答。枠が大きすぎる。「見た目とかは?」「かわいい人」「かわいい?」「そう。私、かわいい男の子って大好きなんだもん」 ちょっと照れながら藤澤が話す。そっちの方がかわいいわと言いたくなる。 俺は「かわいい」については、女子から言われ慣れているくらい言われてるぞ。それって、俺のことも入ってる? ていうか、入っててほしい。「それじゃ、俺は?」「え? ニカちゃんはそりゃかわいいよ」 よし、大丈夫。今なら言える。「俺、前から藤澤の事が好きなんだ。突然だけど、考えてくれないかな?」 思わず勢いで言ってしまった。顔から火が出る思いだ。脈はあるとかすかながら思ってるし、ここしかないと思ったんだ。 少しの間の沈黙。試験の合格発表を見に行くときのドキドキと似ているなどと冷静に思っている自分に驚く。「うん。いいよ」 帰って来た言葉が信じられないが事実だ。「マジ!? 即答? やり!」 そして、込み上げてくるうれしい気持ち。「ニカちゃんって顔はかわいいのに、素は本当に男らしいね」「え?」「わたし、ニカちゃんのこと一年のときから気になってたもん」
女装は今でも別にやりたくはなかったけど、これがきっかけになったのは事実なんだから、こんなことってあるんだな、と、夕焼けの秋空を彼女と一緒に帰りながら、少しだけありがたい気持ちになった。
つきあいだしてからわかったことだけど、かわいい男が好きなだけではなく、彼女はたまに俺に女装を要求してくる。彼女の部屋で彼女の用意した女物の服を着るなんて、客観的に見れば倒錯的だけれど、断ることができないのは、俺に女装癖があるなどと言うことではないことだけは断言しておきたい。好きな人の頼みごとは断れないだけだ。それだけだ。そう、それだけ。……多分。 最近は、ブラまで付けて本格的になってきているけれど、それも気のせいだと言い聞かせている。妙に化粧にまで詳しくなってきたけど、それも気のせいだと思っている。 本当にこんなことって。
《終》